2008年5月15日 (木)

他人の前で自分の娘をおとしめる母親

家族というのは、他人の前では邪険に扱うものだと小さい頃思っていました。

「できの悪い娘で・・・」とか。

「うちの愚妻が・・・」とか。

だから、妹と外で楽しく遊んでいるときにも、友達に会うと手のひらを返したように、「妹がついてくるから仕方なく遊んでやってる」みたいに説明して、妹を邪険に扱っていました。

ある日、それを母親に注意されました。

「どうして妹のことを悪く言ったりするのか」って。

ヒヨリは不思議に思いました。だって、母親がいつもヒヨリのことを知人や友人の前で、「できの悪い娘」みたいに言っておとしめてたからです。母親と同じことをやってるのに、なんで注意されるのかわかりませんでした。

ヒヨリは、知り合いや親戚の前では、できの悪い娘として、小さくなってビクビクするようになっていました。自分はいると恥ずかしい存在なんだと思っていました。

ある休日、地方では大きな百貨店に家族で買い物に出かけたときのことです。

同じクラスの友達も家族で遊びに来ていたところにちょうど出会いました。またヒヨリは粗相がないように、ビクビクしていました。

でもその友達は、ヒヨリの姿を見つけると駆け寄ってきて、「家族で来てるんだ~」といって、ニコニコしながらお父さんとお母さんとお姉さんを紹介してくれました。その子のお父さんもお母さんもお姉さんもニコニコしながら友達のことを見ていました。

そのとき思いました。

「ああ、家族って自慢していいんだ」って。

「友達みたいに、自分は家族に愛されてるって自信を持つのっていいなあ」って。

いつも他人の前で、自分の夫や、妻や、子どもをおとしめている家族って悲しいですよね。そして、親がやっていることは、必ず子どもに伝わってしまうものです。「冗談で言ってるだけ」という人もいるかもしれませんが、その方がたちが悪いです。自覚なく、人を傷つけているのですから。

「家事もなにもできない妻(母)で・・・」って言われるより、「自慢の妻(母)です」って言われたかったら、まず自分が家族をほめることからはじめませんか?

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2008年5月14日 (水)

「見捨てられ恐怖」を植えつけて勉強をさせる

子どもを自分の思うように「コントロール」することが「教育」だと思ってるヒヨリの母親についていままで書いてきましたが、実は、ヒヨリも子どもを「見捨てられ恐怖」を使って「心理攻撃」して「コントロール」することを平気でやっていたことがありました。

ヒヨリは小学生に勉強を教える仕事を5年間していました。進学塾ではなく、勉強が嫌いな子、苦手な子ばかりがくる塾で、席に着かない子どもなんて、日常茶飯事でした。

そんな子どもたちを席につかせるには、「脅し」がやたらと効きました。それも大声で叱るとか、交換条件で「この問題をやったら○○をやってあげるよ」とか、そんな単純な脅しじゃありません。

勉強をしたがらない子に「あそう、べつに勉強なんかしなくていいよ。」といって、ノートを閉じます。「勉強なんかしなくていい」と言われたことがない子どもは、きょとんとしますが、喜んで遊び始めます。

でも、はじめは勉強をしなくていいと喜んだ子どもも、時間がたつにつれて、1問も問題をやっていないことが気になります。親もそろそろ迎えにくるという時間になると「先生、勉強しようよ」と言ってきます。そこで、「だって、勉強しないんでしょ。やらないよ。先生は困んないもん」と子どもに追い討ちをかけます。子どもは「見捨てられ感」の不安でいっぱいになって、必死で問題を出してくれとお願いするようになります。

こうして、子どもに完全に「降伏」させて、勉強をさせます。

子どもを「見捨てるよ」という恐怖や不安で支配する・・・母親がやってたことをヒヨリは子どもにそのままやっていたのです。そして、自分はその「心理攻撃」で子どもの心を支配するのが得意なことを、塾の先生としてはいいことだと思っていたのです。

ヒヨリがその考え方を改めたのは、塾の生徒のお母さんに、叱られたことがきっかけでした。

お母さんに、その子が勉強しなかったときに、いつもの心理攻撃で「こういう風に叱りました」と伝えたところ、「先生、この子はそこまで悪いことをしたんでしょうか?なぜそういう子どもの心を踏みつけるような叱り方をしたんですか?」と生徒がたくさんいる中で大きな声で罵倒されました。ふだん涙が出ないヒヨリもさすがに泣きました。

でも、不思議と「あのお母さんはおかしい」とは思いませんでした。うすうす、自分のやり方が支配的で、傲慢で、それに天狗になっていたことを自分で知っていたのです。

天狗の鼻は折られて、そこから、ヒヨリの仕事は、180度変わりました。

子どもがいま話したいことはなんなのか、子どもはどうして今日は勉強したがらないのか、子どもの目線まで降りていって、それに寄り添って、子どもとの信頼関係を築くと、自然と子どもは勉強をするようになることを学びました。

子どもとおなじ気持ちになっておもちゃで遊んだり、絵を描いたり、絵本を読んだりすることで、笑ったりしながら時間と空間を共有することの大切さも学びました。

子どもをことばや暴力で支配することは簡単です。でも、それは子どもに恐怖を植え付けるだけで、人を信頼する気持ちや、自分を好きになる気持ちを育てることはできません。

ヒヨリは自分の母親からは不安を植えつけられて支配されることしか学ばなかったけれど、あのお母さんに罵倒されることで子どもに愛情をかけることに気がつけて本当に良かったと思っています。

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2008年5月13日 (火)

子どもは母親の着せ替え人形

子どもの洋服や靴やバッグを母親が全部自分の趣味で選んで、着せて、持たせているって、普通のことなんですか?

小さい子どもを見ると、ポケモンや、仮面ライダーや、プリキュアなんかの、アニメのキャラクターの洋服や靴を履いているのを見かけます。

でも、ヒヨリは小さい頃、キャラクターものの洋服や靴を着たり履いたりしたことがありません。母親がそういうものが嫌いだったからです。だから、母親の趣味に合った洋服しか着させてもらえませんでした。ノートも、文房具もそうです。髪型も母親の少女趣味の髪型しかさせてもらえませんでした。

ヒヨリは、小学校のあいだじゅう、ノートに名前を書くのも母親に書いてもらい(ノートの表紙の字が汚いと母親に嫌味を言われる)、毎日着る洋服や下着も母親が毎朝選び、髪型のセットも母親にやってもらい、お小遣いをもらえなかったので、本を買いたいときは、母親におうかがいをたてて買っていました。

すべて母親の意思を確認しないと、あとでどんなに怒られ、嫌味を言われ、文句をつけられるかわからないからです。そして、自分の判断で物事を決めて、行動する力がまったく育たず、いつも「自分がやりたいこと」よりも「周りが自分に望んでいること、期待していること」を顔色をみながらうかがって行動していました。

小学校のとき、遠足に持っていくリュックサックを母親と買いに行ったことがあります。ヒヨリはピンクのキティちゃんのリュックサックがすごく欲しかったのですが、母親はシンプルでかっこいいから、といって、何の飾りもない普通の赤いナップサックを買おうとしました。でも、どうしてもヒヨリはキティちゃんが欲しかったので、あまり気が進まない顔をしました。

すると母親は「こんなのどうせすぐ飽きるくせに」といいながらキティちゃんのリュックをレジに持っていこうとしました。そんなこと言われながら買ってもらったって、ヒヨリは嬉しくないし、母親のいいつけにそむいたようで、まるで自分が悪いことをしているかのような気持ちになりました。

「お母さん、やっぱりあっちの赤いナップサックにする」とヒヨリが言うと

「いいじゃよ!これ買うって言ったべさ!」と怒りながらお財布からお金を出しました。

母親は、包んでもらったリュックをヒヨリに押し付けると、すたすたと売り場から出て行ってしまいました。遠足のリュックサックを買う。普通ならすごく楽しいことのはずなのに、あのときのみじめな気持ち、いまでも忘れられません。

そう、母親は、子育てという名の、着せ替え人形のおままごとをしていたのです。

子どもは母親の所有物でもおもちゃでもないんです。

子どもが欲しいものをなんでも買ってやれって言ってるんじゃないですよ。買ってあげなくてもいいけど、親のエゴを押し付けて欲しくないだけです。そういう子どもがヒヨリのようになっていくのを見るのはもうたくさんですから・・・。

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2008年5月12日 (月)

精神科・心療内科医で本当に力のある医者は2割以下

この10年以上のあいだに、10人以上の精神科医・心療内科医に会ってきました。そのなかで、ほんとうに病気を治す力のある先生は、ヒヨリとヒヨリの旦那さんが思い返してみても、2人しかいません。

2人のうち、1人はいま通っている病院の先生です。かれこれ三年くらい通っています。アダルトチルドレンや境界性人格障害と言われたヒヨリが、リストカットをやめ、ODもやめ、たばこもやめ、理不尽な怒りの感情に支配されないようになって、ようやく人並みに普通に生活できるようになったのも、その先生のおかげです。

毎週1時間近く、旦那さんもふくめたカウンセリングを受け続けました。そのときの調子に合わせて、そのつど薬の細かい調整をしてきました。いまは、2、3週間に一回の通院で、薬もあと少しで妊娠できるくらいの量まで減らすことができました。

三年・・・長いと思いますか?確かに、ヒヨリも、ヒヨリの旦那さんもたいへんな思いをしてきました。だって、それまでの人生30年分のツケを払わなくてはならなかったんですものね。お金も、時間もたくさんかかりました。でも、三年で自分の人生を取り返すことができて、ほんとうに良かったと思っています。

よく、「一度病院にかかったら、先生を信頼して通い続けましょう」と書いてある本がありますよね。あれ、あんまりヒヨリは信じないほうがいいんじゃないかなって思っています。いろんな先生に会ってみないと、初めて診療してもらった先生を見て「精神科(心療内科)ってこんなもんなのかな」って思っちゃうじゃないですか。一番初めにも書きましたけど、ほんとうに治す力のある先生は、2割もいません。

ちなみに、ヒヨリは先生にカウンセリングをしてもらっていますが、カウンセリングだけちがうカウンセラーにやってもらう場合も、同じように力のあるカウンセラーはほんの一握りです。ヒヨリの友達にもカウンセラーいますけど、「境界例」と「境界性人格(パーソナリティ)障害」の違いを知りませんでした。つまり、治療される自分もちゃんと勉強しないと、いいお医者さんやカウンセラーを見抜くことはできないってことかもしれません。

やっかいなのが、「いいひと先生」です。患者さんの話はよく聞いてくれるし、人間的にはあたりさわりがなくてすごくいい先生なんだけれども、そこから治療していく力や技術がないんです。学校の先生にもいますよね。人間的にはあたりさわりがなくてすごくいい人なんだけど、教え方は普通、みたいな。そういう先生にかかると、いい先生だし、やめる理由もないし、ってことで、ダラダラと通っちゃうんですよね。で、ダラダラ治らない。

ヒヨリも一度そういう先生にかかったことがあったんですけど、でもいまだに旦那さんと意見が一致しているのは「あの先生に診てもらってたら、絶対今ごろ自殺して死んでた」ということです。

治療過程を書いていらっしゃるサイトやブログを見ていると、薬の処方や診察の様子が書かれたりしていますよね。それを読んでいると、なかには「おいおい、そんな治療じゃ治るものも治らないよ~」って思っちゃうことがよくあります。

医者が目を見て話さない、五分診療で薬を出すだけ(大体、五分でどの薬を出せばいいかわかるはずないし)、なんて論外です。

みなさんがかかっている精神科・心療内科の先生は、信頼できる「スペシャリスト」ですか?

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2008年5月 9日 (金)

母親が愚痴を吐き出す便所のような存在の子ども

ヒヨリは母親が愚痴を吐き出す便所のような存在でした。肥溜めってやつです。「早く大きくなって話ができるようになればいいと思っていた」とよく言っていました。つまりは、愚痴を垂れ流す相手が欲しかったんですね。

毎年母の日になると、「金がかかる」と文句を言いながら、母親は父方の祖母への贈り物を選んでいました。祖母とは同居していたわけでもなく、年に一回顔を合わせるだけで、いじめられたわけでも、嫌味を言われたわけでもないのに、なぜか異常なほどに嫌っていました。

「女中みたいな仕事をしていた」

「女なのに子宮を取ったんだと」

「貧乏で、(父親と母親の)結婚式にお金を出さなかったくせに」

「デブ」

挙げればキリがありませんが、小学生の子どもに垂れ流す愚痴とは思えない内容です。

嫁・姑が仲が悪いというのは、世間ではよくある話なのでしょうが、こんな悪口を聞いて育った子どもがどんな気持ちになるか、わからないのでしょうか。

人に対する悪口だけではありません。

ある日、新築の大きなおうちを建てたばかりの、母親の友人の家に遊びに行きました。すると、帰ってきてから、自分の家に着くなり

「扉が安っぽくて嫌だ」

「こんな狭い家」

「門が小さい」

など、なぜかヒヨリに向かってぐちぐちぐちぐちと言い続けました。ヒヨリのうちも当時新築で、建てたときは手放しで喜んでいたくせに、他人がもっといいものを持ってると、すぐこれです。

しかも、母方の祖父に2000万円も頭金を出してもらっていて、自分たちでは残りのローンを払えばいいだけの状態で、それだけでもありがたいと思うのが普通でしょう。

親戚の悪口、知り合いの悪口、嫉妬、そういうものをなんで子どもが毎日聞いてやらなくちゃならなかったのか。こんなものを毎日聞いてた子どもが健全に育つと思いますか?

私はあんたのカウンセラーでも親でもないんですよ。

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2008年5月 8日 (木)

母親にびくびくしながら暮らす地獄のような家

ある日母親は、ヒヨリの目の前で「ほれ、ほれ」とナイフを振り回しました。怖くておびえるヒヨリが面白かったんでしょう。楽しそうに振り回していました。

そのとき、ヒヨリは無意識にことばを発しました。

「そんなことして、なにが楽しいのよ!」

小学生のヒヨリが初めて母親に「怒り」を見せた瞬間でした。

すると、母親の形相が、般若のように変わり、ヒヨリを殴りました。そして、台所のボウルや、しゃもじを、うなり声を上げながら床に叩きつけました。母親の叫び声のなか、ボウルはあちこちへこみ、しゃもじは床を飛び回りました。

しばらく物を投げつけ続けて、今度はたばこを吸い始めました。父親に内緒で吸ってるたばこです。普段は人前では決して吸いません。ヒヨリの目の前で「隠れて吸うたばこを我慢できないほど私はいらだっているのだ」というのを見せ付けて威圧する意味もあったのでしょう。

そんな状態が一週間(!)も続きました。ペットのように従えていたはずのヒヨリが、牙を剥いたのが許せなかったのでしょう。母親にとっては「ペットの反逆」だったのかもしれません。

それ以来、ヒヨリは「怒り」の感情を押し殺して生きてきました。おとなしいペットのように、母親の顔色を伺いながら生活せざるおえなくなりました。そうしないと、殴られ、家の中のものはめちゃくちゃにされ、毎日恐怖心でびくびくしながら生活しないといけないからです。

学校から家に帰らなければいけない恐怖、あの家のなかにいなければならない恐怖、母親がいつ暴れだすかわからない恐怖、地獄です。

人間だから、誰だって「怒り」の感情を持っているし、それを表現するのは当たり前です。ましてや不当な虐待に対して怒りの声をあげたことは、いまでも間違っているとは思いません。

でも、親と子どもは、強者と弱者の関係です。強者に脅され、恐怖を植えつけられたら、その感情を封印するしかありません。

親という権力をふるって子どもを飼い殺しにした母親をヒヨリは決して許しません。

そして、その間、なにもアクションを起こさず見殺しにした父親も決して許しません。

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2008年5月 7日 (水)

病気で死にそうになっても授業料のもとをとるために子どもを学校に行かせる

38度の熱があっても学校に行かせるのがヒヨリの母親でした。

熱でふらふらしているのに、学校までの40分の道のりを歩いて学校へ行きました。

あまりにもヒヨリが学校で具合が悪そうにしているのを見て、担任の先生が早退させてくれたこともあります。そのときに、母親に連絡をして迎えに来てもらったのですが、学校の先生には「すみません」とニコニコしながら挨拶をして、ヒヨリとふたりきりになると

「大丈夫?」の一言もなく、「今日休んだ分、家に帰ったらちゃんと復習しなさい」と言いました。あの~熱があって勉強できないから早退したんですヨ?

そのうち、具合が悪いときに自分で熱を測って、「熱は?」と親に聞かれても、38度あっても、「熱なかったよ」と嘘をつくようになりました。熱があったといって怒られるよりも、熱を我慢しているほうが楽だったのです。

大学受験のときに、浪人して予備校の寮に入りました。

ある朝、起きると激しくお腹が痛くなって意識が遠くなり、「このままだと倒れてしまう」と思って寮母さんの部屋に駆け込みました。寮母さんに救急病院に車で運んでもらい、検査をすると、大腸の内側がただれて血が出ていました。浪人して毎日の勉強のストレスで、腸がただれてしまったのです。

病院から帰って、実家に電話をすると母親が出たので「朝倒れそうになって、病院に運ばれて、ストレスで腸から出血してた」と説明すると、母親から出てきたことばが、

「それで、今日の予備校の授業はどうしたの?」でした。

「休んだよ」というと、

「授業料がもったいない」といわれました。

あの~大腸壁がただれて血が出てるんですヨ?

精密検査をすることもあって、実家に戻って静養していたのですが、母親が毎日イライラしているのが伝わってきます。そう、予備校を休んでいるから授業料がもったいないので、早くヒヨリが寮に戻らないかとイライラしているのでした。

結局、一週間で寮に戻りました。授業料がもったいないから戻ってきたというと、寮母さんに哀れな目で見られました。

子どもを道具としか見てない親は、子どもが死ぬまでこき使われるんだなあ、としみじみ思いました。

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2008年5月 6日 (火)

子どもとの約束を簡単に破る母親

子どもとの約束、破ったことありますか?

ヒヨリの母親は子どもとの約束をすぐに破る人でした。

どこかへ出かける約束や、なにかを買ってあげる約束を、母親はいつも平気でしました。そして、いざそのときになると、簡単に約束を破るか、忘れたフリをしました。約束を守らなかったことを指摘すると、逆切れして、子どものヒヨリが怒られました。

三月末、大学に入学が決まって、母親とふたりでアパートを探しに行きました。少し遅めに探し始めてしまったため、築年数はとても古く、大学からはかなり遠く、通学途中には長く急勾配の坂もあり、通学にはとても不便なアパートしか残っていませんでした。

「ヒヨリちゃん、ゴールデンウィークに、ゆっくりヒヨリちゃんがまたもっといいアパート探して引っ越せばいいじゃない」

母親はそれは優しく、なだめるように、ヒヨリに言いました。

「うん、そうする」

そうして四月から大学生活が始まりました。

ゴールデンウィークが近くなってきた頃、そろそろアパートを探そうと思い、実家に電話をしました。

「お母さん、アパートそろそろ探そうと思うんだけど・・・」

すると母親は凄みのきいた大きな声で、

「そんな金どこにあると思ってるんだ!我慢できねえのか!学費も払ってるんだぞ!」

とまくし立てました。一瞬、何を言われてるのかわからなくて、ことばを失いました。

(だって、お母さんが、引っ越せばいいって言ったんじゃない・・・?)

そう言いたかったけれど、言えませんでした。

「うん、わかった・・・」

それから一年半後、ヒヨリはアルバイトでお金を貯めて、自分の気に入ったアパートに引っ越しました。でも、親に相談せず勝手に決めたといって、父親からも母親からも、物凄い怒られました。でもいいんです。二十歳の人間が自分で暮らす場所くらい自分で決めてなにがおかしいでしょうか?結局そのアパートには、結婚するまで住み続けました。

母親が約束を破ったのはもちろん許せません。でも、自分の言ったことをひるがえすのなら、ちゃんと謝って欲しかった。子どもとの約束も守れない、子どもに謝ることもできないなんて、子どもをひとりの人間として尊重できない最悪の親ですね。

ヒヨリはこどもたちに勉強を教える仕事をはじめたときに、「どんな小さなことでも子どもたちとの約束は破るまい」と思っていました。授業のあと、子どもに「○○くん、今日は勉強が終わったら、トランプをして遊ぼうって昨日約束したよね」と言ったときに、「先生、覚えていてくれたんだ」という表情で子どもの目が輝くのを、いまでも忘れられません。

親が、いや、大人と子どもの約束っていうのは、ほんとうに純粋で大切な絆だなって思います。

子どもだからって約束を簡単に破る父親、母親をいまからやめませんか?

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2008年5月 5日 (月)

『父親が家族に無関心だから→母親は子どもに寄生する→そして子どもが犠牲』のスパイラル

子どもに積極的に寄生してヒヨリをコントロールしてきた母親に対して、子どもの教育には関心を払わず、なんでもわかっているフリをして、理想的な父親の役割を果たしていると(ひとりよがりに)自負しているのがヒヨリの父親です。

特に、母親の両親が亡くなり、母親の教育の失敗が顕著に現れてきて、ヒヨリと母親の関係が悪くなってきた頃から、父親はイキイキし出しました。それまでは、母親の実家の勢いが強く、母親の教育法(あんなの教育じゃなくて虐待ですけど)でヒヨリがいい成績を上げていたこともあり、ほとんど子どもの教育に関わってきませんでした。

たまに関わってきたと思うと、自分が好きな囲碁や卓球、バレーボールなどを強制的に仕込もうとして、無理矢理やらせて、ヒヨリがいやな顔をすると怒ったり叩いたりしました。「家長のいうことを聞け」とか本気で怒ってました。

それが、母親の失敗が目に見えてきて、いよいよ自分の立場が回復してきたとでも思ったのでしょうか。「お母さんもかわいそうなんだ」と母親に同情する顔を見せながら、「ヒヨリの病気は母親の教育のせいだよ」と、ヒヨリに対してわかったフリをして満足げにしています。まるで自分が「家族みんなの理解者」みたいに思ってるみたいです。安っぽいナルシズムです。

そして、誰にでもいい顔をします。母親はヒヨリを使って世間に自慢することで甘い汁を吸っていましたが、父親は常識ある人間をつねに装って、世間に悪い印象を与えることを絶えず恐れています。さすが公務員です。世間体は大事だよね。

いまは、成績のいい子どもも、親の七光りもなくなって弱体化した母親を庇護している満足感でいっぱい。そして、自分は身の程を知っている常識人ですよ、という世間へのアピールが功を奏していろんな人から頼られるのが気持ちいいらしいです。

そう、いじめの構造と同じですよね。積極的にいじめる側にまわるのが母親なら、いじめを見てみぬふりをして傍観者になっているのが父親です。そして、いじめが終わった後に、あいつがやったとか、こいつが悪いとか言うんです。

ヒヨリは、父親に対しても、母親に対するのと同じくらい大きな怒りを抱いています。だって、自分がいかにみんなによく思われるポジション取りができるかを考えてるだけで、自分が家長だって偉そうに言ってたわりに、家族の有りように目を向けようとしなかった、形だけの父親です。

『父親が家族に無関心だから→母親は子どもに寄生する→そして子どもが犠牲』のスパイラルの一端を父親は担っているんです。

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2008年5月 4日 (日)

子どもが思うほど、親は子どもを愛してないよ

『母が重くてたまらない』(信田さよ子著)を立ち読みしました。

タイトルからわかるとおり、母親の呪縛に捕らえられてしまった娘、その家族のあり方を分析し、どうするべきかを指南してくれる本です。

ヒヨリが印象に残ったのは次の二点でした。

     親に自分のことをわかって欲しい、と思う子どもが多いけれども、たいがいの親は自分が過ちを犯したと納得せず、子どもをひとりの人間として尊重することはなく、親の権利を決して捨てない。(だから、わかってもらおうとするのはやめたほうがよい)

     子どもは、親に対して「怒り」と「かわいそう」というアンビバレントな二つの感情を持ってしまう。でも、もし、ほんとうに親のことを尊重するのなら、「かわいそう」といって親を甘やかすのではなく、一人の人間として責任を負わせるのが大事。親は子どもが思っているほどかわいそうではない。

他の本でも、同じことを書いているものはたくさんあるんですけれども、「それは理屈でしょ!感情がついていかないからしょうがないじゃん!」と思うことが多いんですよね。

でも、この本はそれがない。「親も仕方がなかった」という、親の立場を保護するような視点が排除されていて、完全に子ども側に視点を置いて、子どもの怒りを代弁してくれているような感じなんですよね。読んでいて爽快感すらあります。

摂食障害、アダルトチルドレン、境界性人格障害、リストカットなどのブログやサイトを見て回ると、やはり「親に対する怒り」と、「親がかわいそう」「親に申し訳ない」という気持ちにはさまれて、苦しんでいらっしゃる方をたくさん見かけます。ヒヨリも昔、そうでした。

でも、実際は、親は子どもが思うほど、子どものことを思ってないし、傷ついてもいないんですよね。親なんだから、子どもをどこかで愛してくれているはず、とか思い込んじゃって子どもは苦しむけど、子どもが考え込むほどそんなに愛してないですよ。

そして、それが納得できると、子どもの人生は格段に楽になります。

愛情表現だから、といった理由は、子どもに対して精神的、肉体的苦痛、虐待を与えることの免罪符にはならないんです。ひとりでも多くの方が、母親の呪縛から逃れられますように。

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