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2008年5月14日 (水)

「見捨てられ恐怖」を植えつけて勉強をさせる

子どもを自分の思うように「コントロール」することが「教育」だと思ってるヒヨリの母親についていままで書いてきましたが、実は、ヒヨリも子どもを「見捨てられ恐怖」を使って「心理攻撃」して「コントロール」することを平気でやっていたことがありました。

ヒヨリは小学生に勉強を教える仕事を5年間していました。進学塾ではなく、勉強が嫌いな子、苦手な子ばかりがくる塾で、席に着かない子どもなんて、日常茶飯事でした。

そんな子どもたちを席につかせるには、「脅し」がやたらと効きました。それも大声で叱るとか、交換条件で「この問題をやったら○○をやってあげるよ」とか、そんな単純な脅しじゃありません。

勉強をしたがらない子に「あそう、べつに勉強なんかしなくていいよ。」といって、ノートを閉じます。「勉強なんかしなくていい」と言われたことがない子どもは、きょとんとしますが、喜んで遊び始めます。

でも、はじめは勉強をしなくていいと喜んだ子どもも、時間がたつにつれて、1問も問題をやっていないことが気になります。親もそろそろ迎えにくるという時間になると「先生、勉強しようよ」と言ってきます。そこで、「だって、勉強しないんでしょ。やらないよ。先生は困んないもん」と子どもに追い討ちをかけます。子どもは「見捨てられ感」の不安でいっぱいになって、必死で問題を出してくれとお願いするようになります。

こうして、子どもに完全に「降伏」させて、勉強をさせます。

子どもを「見捨てるよ」という恐怖や不安で支配する・・・母親がやってたことをヒヨリは子どもにそのままやっていたのです。そして、自分はその「心理攻撃」で子どもの心を支配するのが得意なことを、塾の先生としてはいいことだと思っていたのです。

ヒヨリがその考え方を改めたのは、塾の生徒のお母さんに、叱られたことがきっかけでした。

お母さんに、その子が勉強しなかったときに、いつもの心理攻撃で「こういう風に叱りました」と伝えたところ、「先生、この子はそこまで悪いことをしたんでしょうか?なぜそういう子どもの心を踏みつけるような叱り方をしたんですか?」と生徒がたくさんいる中で大きな声で罵倒されました。ふだん涙が出ないヒヨリもさすがに泣きました。

でも、不思議と「あのお母さんはおかしい」とは思いませんでした。うすうす、自分のやり方が支配的で、傲慢で、それに天狗になっていたことを自分で知っていたのです。

天狗の鼻は折られて、そこから、ヒヨリの仕事は、180度変わりました。

子どもがいま話したいことはなんなのか、子どもはどうして今日は勉強したがらないのか、子どもの目線まで降りていって、それに寄り添って、子どもとの信頼関係を築くと、自然と子どもは勉強をするようになることを学びました。

子どもとおなじ気持ちになっておもちゃで遊んだり、絵を描いたり、絵本を読んだりすることで、笑ったりしながら時間と空間を共有することの大切さも学びました。

子どもをことばや暴力で支配することは簡単です。でも、それは子どもに恐怖を植え付けるだけで、人を信頼する気持ちや、自分を好きになる気持ちを育てることはできません。

ヒヨリは自分の母親からは不安を植えつけられて支配されることしか学ばなかったけれど、あのお母さんに罵倒されることで子どもに愛情をかけることに気がつけて本当に良かったと思っています。

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コメント

こんばんは
今日は診察日でした。
矛盾や体裁が許せない原因が母親にあると先生ははっきり認識したようです。
まだまだ長いテーマと道のりになりそうです。

投稿 うめ | 2008年5月14日 (水) 21時52分

うめさん、診察おつかれさまでした。

先生と問題について認識が一致したのは良かったですね。一歩前進ですよ。

私も、矛盾や体裁が苦手です。でも、最近は、他人はともかく、自分が矛盾してなきゃいいかな、と思うようにもなりました。それでも母親のことは許すつもりはないですけど。

投稿 ヒヨリ | 2008年5月15日 (木) 21時28分

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